黄昏時のラクガキ
八月のフラグメント


潮騒が耳の奥でいつまでも鳴りやまない八月も
半ばを過ぎて
レース糸を通したように陽光が柔らかくなる
ヒグラシもそろそろ日の目を見たくなるだろう


「おまえを必ず守る」なんて言葉を
いともあっさりと口にできた頃には
日の光に立ち向かうような強さについて
思い悩む必要はなかったのだろう

「あたしのソファになって」なんて言葉を
飼い猫を見る目で言った女の在りようが
一冬越えてようやく理解できた頃
僕は座椅子くらいにはなれる気がした

日が傾けばこの部屋にも
茜色の光が射し込み始める
日陰で寝ころんでのびていた
野良猫もあくびをしてみせる

セミの声も人の声も
わりとあっけらかんと死ぬから
おちゃらけたナンセンスで
人生を浪費してもいいだろう

マーマレードの光を浴びて
散策するのもいいじゃないか
何の意味さえ見出さなくても
それが幸せのクォークなのだよ


潮騒が耳の奥でいつまでも鳴りやまない八月も
波打ち際の足跡のように通り過ぎる

日向に置かれたソファには
まだまだ到底及ばずながら





2008-09-01 Mon 19:11
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ある朝のおーるぐりーん


赤い角のある雄鹿
横長に細まる瞳孔

空が腐ったその朝に
ホットコーヒーは冷めてから飲み干せばいいし
カップやソーサーは飲み干したら割ってしまえばいい
そんなことよりあの硬くて熱い角が欲しい

二重螺旋の肖像
美獣ラテンの胸像

かくなるうえは
ニケの言葉に従う

「もう何も喋らないで」

いまだ原色の孤独が
混ざれずに
蒸発することはない絵の具

インテルラゴスの第一コーナーで
ド派手にクラッシュする生卵
霧雨の生るパキラの木
鉄のジャングルジムで踊る白いサル

見上げた巨大な花崗岩の上に
根を張り巡らせてそそり立つ
奇妙な大木の名を俺は知らない

抉られた峡谷に
流れ続ける愛の水は
やはり流れ続ける

何もかもが
緑だ
腐った朝さえも


おーるぐりーん


つまるところ

俺は元気だ




2008-08-23 Sat 18:27
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娼婦のエカテリーナ


真夜中の油臭い裏路地を出る娼婦の目で
笑うおまえはエカテリーナ
ブルースより枯れたジャズが良く似合う
赤いドレスのエカテリーナ

片目が見えないエカテリーナ
おまえにとっては立体と同じ
キュビズム好きのエカテリーナ
色さえおまえに似合えばいいさ

おまえは顔も忘れた俺の
笑顔を知っていると笑う
俺は出会ったことはない
としらばっくれて上の空

浮ついたような空気だけ
そこに香ればいいじゃないか
赤い娼婦のエカテリーナ
この星雲と踊ればいいだろう




2008-08-23 Sat 18:26
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街の鳥葬


コンクリートの地面の穴から断続的に棒状の水を宙に吹き上げる公園。
今の俺には水は必要なかったから、ブランコを揺らしていた。
空中に放り出されそうになるのがこんなにも怖いものだとは、子供の頃はまだ知らなかった。
この街には不似合いな香りでマゼンタのポーチュラカが咲き乱れている。
どこかのバーから流れてくるジャズピアノの間に、遠く電車の車輪の音が挟まった。
通勤車内では心拍を締め付けるような振動なのに、心持ち落ち着くような気がするのが可笑しかった。
「As time goes by」を弾いてくれないかと願ったが、「Mack the knife」みたいな陽気な曲ばかりだった。


彼女は、「不幸じゃなきゃいい絵なんか描けるわけないじゃない」と言った。
俺はそうじゃないと思ったが、言わなかった。
彼女と、壊れた時計がそのままのアトリエを思い浮かべて、
頭の中で白樺の木々の間に黒い羽根を背負った裸婦像の下書きをしていた。
どこにもそんな景色は存在しないから、彼女を求めるのはやめた。
赤く脹れあがったケロイドを、その痛みを忘れずにいることができるから、
俺と彼女は傷つけ合うことを許したのだ。


タバコの吸い殻が足元に八本は転がった頃、噴水の公園を後にした。
消したいのはタバコの火ではなく、無常の世で生き抜くことの虚しさだ。
過ぎゆく人々の顔が、行方不明者の肖像写真のように目に映る。
タフに生き抜くために視線の行方を無くしてしまったようだ。
それが、俺の顔でもあるのだろう。

二ヶ月前、クスリで仕事を失った。
ライトブルーの錠剤は俺を癒やしてくれるわけじゃないと知っても、頼れるものは他にはなかった。
夏が近づいているのを日々感じる。
それでも夜の風は俺の体温を容赦なく奪ってゆく。
毎日十二時間の肉体労働で手にし続けた金も、街に全て奪われた。
黒服の男達の呼び込みの嬌声が耳に障る。いったい何のためにならあんな声が出せるのだろう。
俺は誰かのために歌いたくなった
存在を許すためだけの歌を
夜に許されない人々のための歌を

破れたジーンズと仰々しい金具のブーツが不意にベタつくような重さを持ち、煩わしくなってスクランブル交差点で脱ぎ捨てた。このくらいのことでそう驚く人もいない。
着替えも寝床もない俺は、裏通りの、油の染みついたゴミ捨て場のビニールの間にくるまって寒さだけをしのぐ。会員制のクラブから出されるゴミは独特の、苦くて甘ったるい生姜漬け、いわゆるガリのような匂いがする。夜の女のうなじの匂いだ。
野良猫のように野垂れ死んで、このままこの街で唯一の祭壇で、カラスたちに肉を捧げるのも悪くはないと思った。
人間に食われるほど、落ちぶれちゃいないんだ。





2008-08-23 Sat 18:24
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炭素の道程


ダイヤモンドが燃えた
白い皮膚で
月が燃えているという
小さな嘘で
笑い飛ばしてしまおうよ
わずかばかりの白い炎が
燃え尽き果ててしまう前に


穴のあいた靴下を
霧雨のより糸で繕い直し
革のひび割れたブーツを
流星のクレヨンで磨き直して
火の絶えたキャンプから
僕はまた旅立つ

僕らは言葉を選ぶことができるのと同じように
分かれ道を信ずることができるのだ、と
先達は言った
僕は、固い赤土に白木の杖を突き立てて
風の行方に任せることにした
信ずるままに

今宵こそ
泣けるかもしれないと
毛糸のもつれを解いていくたび
まとっているセーターの編み目が
僕の道程を数で読み上げる
首がチリチリと痛むんだ
脱ぎ捨てて
原石だけにして

美しい
裏切りを知るほどに
磨きすぎてしまった石のナイフは
痛みを与える前に傷つけるということを
知った
それを覚える前に
この赤い動脈を千切れば良かったのだろう
洗練されていくほどに
汚れていく哀しみのほかに
眠りかけた牛ほどの
歩みを鈍らせるものはなかった

楽しみだけを浮かべることにした
みずうみは、
ペパーミントな新緑の木々を映し出し
割ってはならない鏡のような
不可侵を物語る

真円の波紋がそれを壊すなら
仕方のないことだろう
水面の鏡に
求めるべきものはないのだ
揺らして
許して

溺れるのか
泳ぐのかを決めるのは
この骨肉なのだ

赤くて白い
この骨と肉

千切って
つないで
燃やす
この骨と肉

炭素のダイヤ


僕はまた旅立つ
その道程に
燃えるもの
燃やすもの
輝くもの


共に在れ






2008-08-07 Thu 13:59
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ベロニカ


繰り返し、タイヤを通した轍には草も生えない
エノコロ草が揺れていたのは
いくつの冬を数えた頃か
覚えているよ
覚えているのに

ベロニカ
おまえは今も咲こうとしてるの?
つまらない顔で
香りのない鼻で

ベロニカ
海の流す血が夢にすり替わると疑うのかい?
名前も知らないサクラの花を
見上げ続けた僕を許して
なぁ、ベロニカ


ごくまれに、雨も降るのに屋根があるから
レンガを積み上げて壁を築いてきたから
この赤土は乾いて白く見えるんだよ
忘れていたよ
忘れていたのに

ベロニカ
おまえは今も降りそそごうとしてるの?
くだらない価値で
容赦のない眼球で

ベロニカ
ふたりの罪が愛に代わると信じてるのかい?
芽吹かなかったトマトの種を
植え続けた僕を許して
なぁ、ベロニカ


ベロニカ
傘が一本たりないからさ

ベロニカ
雨にずぶ濡れに行かないか

ベロニカ
小指がどうにも動かないから

ベロニカ
指切りをひとつしようじゃないか

ベロニカ
耳の奥にシンバルの残響がかすめてる

ベロニカ
痛みが正しく機能するまで頬をはたいて

ベロニカ
狂った時計の針で僕の胸を貫いて抱きしめて

ベロニカ
僕を殺すことができる未だ咲かぬただひとつの花よ

ベロニカ
そこの暗がりで
殺して

ベロニカ





2008-08-07 Thu 13:58
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サラマンダー


もはや不味くなるばかりの煙を吐きながらその渦に、下手な嘘をマジな顔で吹き込んでみるたびに君と少しずつ時計の針の振り幅がずれてゆく。
僕はそんな秒針を飽きることなく眺めている。
「あれはいつの日のことか」などとつぶやく程に遠くはなく日付を数えられるほど近くはないのが、無垢なる幸福というものだろう。
赤く尖った秒針が細かく刻んでゆくものは、過ちか、あるいは哀しみが色褪せていくことの哀しみなのかもしれない。
赤いバラを植えた地表の裏側にマグマのように溜め込まれた粘度の高い怒りが、心を焼き尽くしてしまいそうになるから僕は無気力を装うふりをしなければならなくなるたびに、無力にほんの少しずつ近づく。
だから明け方はいつも、柳刃包丁をレンガ色の砥石で砥ぐ。
裏切りにおびえそうになればなるほどに、包丁は切れ味を増していく。
いつか豆腐のようにこのあばら骨の隙間をぬって内臓を切り刻んでは麻婆豆腐を作るのだ。先ほど試しに水を切ってみたら良く切れた。
研ぎ澄まされた刃を愛するほどに、青光りする鋼に映る裏切りの色は濃くなりまだらでフラクタルな模様を浮かび上がらせる。


鮮血がうつくしい


こぶしで殴りつけた血の美しい流れは、シャツに染み付いてしまえばあとは熟れすぎたバナナのような色で、幾度洗えども決して落ちることはないがそのクレイジー柄のシャツをあえて繰り返し身に着ける。そんな色はどうせ夜が隠してくれるもの。
今、喉を潤しているシングルモルトが心地良い熱で食道を通り抜けてその下流、つまるところ胃の中で暴れている。清流と同じで下流に行くほどにわずかな不純物で濁っていくのだろう。だから何ひとつもツマミは必要ない。

オールドファッションドグラスから氷が割れる音が部屋中のガラスをパキッと響かせた。
それは夏のキャンプファイヤーの炎の中で燃えたぎった丸太が爆ぜる音に似ていた。
そう。炎の、赤くて黄色い舌を見ると妙に心が安らぐことを思い出す。


僕の舌は何色だろうか






2008-08-04 Mon 18:18
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紫陽花を待つ


海岸で拾われてきた貝殻みたいに
居場所を少し間違えただけ
それがあるべきところから
遠く離れてしまうよう

「そう、まるで午後の雨のようね。」
と、あなたはつぶやいた
空の天井を落とす灰色雲の、
見下ろす理由の青い花弁


この尖った指先が痺れているのは、
動きをやめたいからじゃなく
季節の中でほんの少しだけ、
まぶしさの破片が足りないのだろう

音も立てずに落ちる春雨の雫に
ひとつだけ手向けの花を想う
赤いカーネーションじゃなく

紫陽花が咲いたら、
あなたに贈ろう





2008-08-01 Fri 16:43
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電信柱をかついで歩く


夜の歓楽街は
花火の燃えかすのように
ちらついているから
電信柱を引っこ抜いて
電線をぶらぶらさせながら
悠々闊歩してみることにする

裏通りでは
黒いエナメルミニスカートの
おねーちゃんが歌を口ずさむ
「近づけば近づくほどに愛は遠ざかるの」

あんたも電信柱をかついでみろよ
サイコーだぜ

停電で
ネオンの消えた横道をゆく
ほうら、こんなに
ひとりぼっちじゃないか

ねーちゃん、
あんたにはまだ分かるまい
電信柱をかついで歩く
楽しさよ


暗闇で
あとは何もない
だから歌を口ずさむ
「信じるだけで幸せさ」







2008-08-01 Fri 16:42
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