黄昏時のラクガキ
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Forgiven white blood


  GO

『業』という言葉が日本語にあるという。
私がある民族紛争地域に派兵された際、最初に降り立ったベースキャンプでたまたま仲良くなった通信兵で日系二世のケンジに教わった。
「『業』ってのはたった一文字でactやskillやwork、はたまたsinや仏教(ブッディスト)のkarma、文脈によってはmiracleを表すこともあるんだぜ」
とケンジは紙にその文字を書いてくれた。
「まるでフェンシングのフルーレでさんざん串刺しにされた人間のような文字だな」
と感想を言ったら、「まったくだ」と彼は笑った。


それから戦線を渡り歩くうちに、敵対武装組織の虐殺があった直後の村を通り抜けた事があった。焼け落ちたり崩れ落ちたりした家々の残骸のあたりで撃たれたまま倒れている住民もあったが、その村人のほとんどは、村の外れにある塹壕に集められて生きながらにして燃やされていた。敵対組織の連中にとっては貴重な弾薬を浪費するよりも安価な上に、最も手軽な手法だったのだろう。村人達は燃料になるものを自ら集めさせられたのかもしれない、と想像してみると、とてもじゃないがぞっとしない。
我々の部隊が到着した時には、まだ炎は燻っていて人体の燃える厭な匂いが漂っていた。それにしても人体が燃える時というのはなぜいつもこんな厭な匂いがするのだろう。
我々が祖国で食すステーキやバーベキューの食欲をそそるような香ばしさは一切含まれていない。もちろん服飾品や爪や体毛の焦げる匂いのせいもあるだろう。
しかし私にはそれが人間の血液が燃えることによるもののように思えた。そしてその匂いはその後、私の鼻腔の奥から決して消え去ることはなかった。
「あなた方はいかなる肉なるものの血も食べてはならない」とは旧約における神の御言葉だが、人間の皮をそっくり剥いでさらに血抜きした肉ならば、あるいは香ばしく焼ける匂いがするのかどうかは、カニバリストではない私には知る由もない。
そういえばケンジはこんな話もしていた。
「日本では死者のうち99%以上は火葬にされるんだぜ。それを日本語で『荼毘(だび)に付(ふ)す』と言うんだ。向こうで『David needs fools soon』と言ったらたぶん伝わるぜ、デイヴ」と言って彼は私をからかったものだ。


今、私は、十字路の真ん中で仰向けに倒れたまま、そのようなことを思い出していた。


私の所属する小隊はこの程、敵勢力の拠点都市を制圧する作戦の任務を与えられた。
いかに兵器の近代化によって精密なミサイルや無人機等が開発されても、完全な制圧はいまだに歩兵部隊に任ぜられるより他にない。
すでに我々の空軍によってさんざん破壊し尽くされたかのような街だが、まだ敵の残存兵力が踏ん張っている。我々の任務は、それらを駆逐すること。そしてすでに任務は都市の最奥にある敵拠点の市庁舎を制圧すれば完了、というところまで差し掛かっていた。しかし市庁舎に突入するにはどうしてもその前にある四つ辻を通り抜けなければならない。
見晴らしの良過ぎる十字路。
崩れかけた建物の隙間から慎重に辺りを覗う。
建物の玄関の両脇に二人、見えるところに他の敵兵の姿はない。
まずはこの二人を無力化(つまり射殺)しつつ市庁舎の壁際まで一気に走り抜けなければならない。
部隊長の少尉がGOサインを出す。
どちらかと言えば在任が長く経験豊富である私は最後尾を務めることになった。
隊員達が身を屈めたまま先頭を切って走り出す。
殿(しんがり)の私が後に続いて走り出る。
刹那、視界の隅に動く影。
横道の瓦礫の向こうに隠れていたのだろう。
私が振り向きざまにM16を構えるよりも、相手のAK47が火を噴く方が速かった。
腹部を横薙ぎに撃ち抜かれる。
先行の隊員達がすぐさま振り返って敵兵を掃射しつつ駆け抜けるのが、倒れる前にぎりぎり見えた。

市庁舎の壁に辿り着いたらしい、部隊中で最も仲が良かったアレックスの、私の名を叫ぶ声が聞こえる。デイヴィッド、おい、デイヴィッド。私の腹部をいったいいくつの弾丸が貫いたのか分からない。おそらく腹腔内は、ゴリアテの手で鷲掴みにされ握り潰されたハンバーガーのようになっていることだろう。血液が喉の奥まで迫り上がってきて、とてもじゃないがアレックスの声に応えることはできそうにない。かろうじて右腕の肘から先を挙げて親指を立てておいたが、果たして彼の目には映っただろうか。
仮にこの制圧作戦が失敗に終われば、私の骸は敵兵の晒し者にされるだろう。
ふと、ケンジが教えてくれた『業』の文字の姿態を脳裏に浮かべた。
私は戦線を駆け抜けるうち、数え切れない程の敵兵を殺めた。そのうちの何人かは少年兵/少女兵だった。声変わりさえ迎える前の年頃の、死を目前にした叫び声では、その判別は付かなかった。そうして私がどれほどの悲哀と憎悪を産み出してきたかは到底、想像の及ぶところではない。
私のworkで、私のskillで、私のactで、
私はsinを、私はkarmaを、積み上げてきた。
1914年以降、終末を迎える現代において、神はmiracleを起こすことはない。
その時私は『業』の文字と同様に串刺しにされ、無理矢理立たされたままの骸となることだろう。


私が斃(たお)れたのが十字路で良かった。
たとえ、旧きカトリックにおいて自殺者が戒めとして埋められたという十字路だったとしても。
なにゆえ良かったのかといえば、いずれにせよ、私がここに埋められることはないだろうということと、キリストと同じく十字を背負えたということ。
それとなにより、ここは遮るものが何も無く、広い空を見渡すことができたことだ。
私は仰向けになって天を見上げている。
喉から迫り上がってくる血はなぜか活き活きと馨しいマグノリアの香りがして、あの村の虐殺の、人体の焦げる忘れ難い匂いを、この鼻腔はようやく消し去ることができた。そしてそれは私の血が必ずや地に注がれて、そのすべてが地に還るということを予感させた。

少なくとも『David needs fools soon』と言われることはなさそうだ。
私は神に赦されてシェオルへ入る。そう信じることができた。


赤道に近い砂漠地帯のこの天はどこまでも青く、太陽は限りなく白かった。
故郷で見るものよりもずっとずっと白かった。





('10.8.2)


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2011-10-24 Mon 23:59
別窓 | 散文詩 | コメント:0
Drops


  あめ玉は降るものであり
  あめ玉があるからには
  あめ玉は降らないだろう


地上に哀しみがあった。たぶん橋の上に橋が架けられたからだった。
たとえ虹の上に虹を架けても空は流出したりはしないが、十字架の上に十字架を架けたからといって丘の見晴らしが良くなるわけでもなかった。そんなわけで私は地下鉄の駅にいる。この巨大な地下鉄と私の肉体がトポロジーにおいて同じものとなると非常に困惑する事態だが、私の肉体とその身にまとっているパンツとシャツはそれぞれ異なるとなるとわずかに安堵を覚えるのはなぜか。2本の列車を見送る。仮に列車が発車した後の私が列車が到着する前の私とは異なるものだとしても、それは誰にも知覚されてはならなかったし、観測されてしまえば私はこの文章を書いている私ではなくなるということになるために、この私はまだこの文章を書いている私である。唐突に見知らぬ人から携帯端末にメールが来る着信音が鳴るのはいつも受信側にとっては唐突だ。ディスプレイは内蔵メモリの電話帳から一人分の固有名詞を選択して表示している。けれどそれを送った相手が今ここにいない時点でその発信者は私の旧知の人物ではないことはほぼ明らかな事実として明らかだろう。たとえ希望的観測をもって相互に時間や場所や体験の相似する記憶を持つ相手であるという前提をおいたとしても、旧知の人物と一致する確率は無きに等しいと思われるが全く無いわけではない。

件名「:Re」本文「わたしをかえしてください」

…どこへ帰す?あるいは、どこから返す?これまで私は誰かを連れ去ったことがあっただろうかまたは誰かそのものを奪ったことがあっただろうかそしてそのまま連行または保持しているのだろうか。ここに「:Re」とあるが、常日頃から私は件名をしたためる習慣がないために送信フォルダ内に該当する私の送信メールを特定することは適わない。しかしながら「わたしをかえしてください」には少なくとも私の行動とその対象が指定されているのでそれはそれで十分に十分だろう。「分かった善処しよう。今このメールを送ったきみが過去に私が知ることのあったきみであり、またこれから未来に私が取るであろう「きみをかえす」という行動の対象であるきみが今このメールを送ったきみであり続ける、という二点が満たされる場合、それは不可能ではないだろう。」と返信する。あえてメールには書かなかったが、私自身が過去に「わたし」を知ることのあった私であり、またメールを受け取った私がこれから「かえす」私であり続ける、という点も満たさなければならない。つまり前提として私と「わたし」は共に誰からも存在の変異を観測されてはならなかったのだし、これからも観測されてはならない。だがそれよりも差し当たって浮上している問題は、私は「わたし」を連行または保持している自覚が全くないという認識で認識を認識している認識。これらの認識が単に私の誤認であるならば私個人でも対処できる可能性は残されているが、ともすれば「わたし」が嘘をついているという事態となると、私個人ではどうにもしようがない。嘘は見破るものであり嘘があるからには嘘は見破られないからだ。あめ玉があめ玉であるならば空からあめ玉が降ってくることがないように、嘘が嘘であるならば嘘は見破ることができない。
…と、ここまで思考を巡らせたところで「かえす」はもう一つ別の字義も持ちうるということを見落としていたことに気付く。ここに至ってようやく、私が誤認を抱えるかまたは「わたしをかえしてください」が虚構を抱えるかの二者択一が回避可能になるとともに、先に私が前提として置いた私と「わたし」それぞれの自己同一性の維持がもとより不要となる上に、これから私の取る行動とその対象も明快になりとても明快だ。




  卵は孵るものであり
  卵があるからには
  卵は孵らないだろう


卵が卵であるならば卵は孵らない。ハンプティ・ダンプティは壁から落っこちて壁から落っこちるだけだ。卵が孵るためには卵は卵でなくならなければならない。卵は卵でなくなることによって孵り、そして孵ったものはすでに孵らないものとしてすなわち卵であることだろう。例えば「なぜ生まれてきたか」という問いに「生まれないために」と答えるようなもので、それは幾度でも繰り返し繰り返すことができる。私は、「わたし」を見知らぬ私が見知らぬものとして「わたし」を見知らぬままに見知らなければならない。私は地上に出る。
見知らぬきみを識るために。


これからきみをかえしにいく


空からはあめ玉が降っている






2010-03-15 Mon 19:43
別窓 | 散文詩 | コメント:0
形容詞警報


『開くドアにご注意下さい』に肩を寄せて複線の枕木を数えていると踏切を抜けるたびに警音がして頭から数え直すハメになるが、その猪突猛進警報のおかげで路面電車以外の地上電車は、他の交通に妨げられることなく進むかあるいは妨げられれば責任のほとんどを相手になすりつけることが出来るとするなら、車両を見渡してみるに話し相手のいない乗客のほとんどは、携帯MP3プレイヤーのイヤホンを耳に押し込むかポータブルゲームを鷲掴みしているかケータイを操作するかミニパソコンをタイプするか新聞漫画書籍の絵や文字を追うか睡眠時間にあてるかそれらを複数同時にこなすかのいずれかに分類され、残りの少数は眠ったふりをする以外に警報から逃れる方策を見つけかねているようなので、あまのじゃくは起きているふりをしながら眠っていたら車掌に声を掛けられるまで終点に辿り着いたことに気付かずすでに終電はなく、トイレの個室(洋式)で夜を明かそうと試みるに巡回の駅員に追い出され、屋根はあるが寒風吹きすさぶ改札前のベンチでうなだれてみればホームレスであろう聾唖のおやじに話しかけられ(「聾唖」といえど耳は聞こえているようなので本当は「唖」と表記するところだが「唖」単体になると差別用語と見なされるらしいので避けるべき)、手話を習得していないあまのじゃくはボディランゲージとして解釈することを余儀なくされるが、異国人との片言のコミュニケーションよりは緊張を覚えないことでむしろ意思疎通が図れたようであり、それゆえか「コーヒーをおごる」とおやじは言い出し、あまのじゃくのほうが多額の金銭を持っていると推測されるのだが手を引かれるままにコンビニに連れて行かれ、缶に入ったコーヒー(もちろんホット)のなかからあまのじゃくは微糖を指さし、おやじは微糖とエメラルドマウンテンをつかんでズボンの右ポケットからつまみ出した小銭でレジを済ますと、また屋根はあるが寒風吹きすさぶ改札前のベンチにもどり身振り手振りを駆使して、おやじは「ギャンブルが大好きだが決してのめり込んではならんぞ」とか、「バイクは爽快だが事故ったら大けがするから気をつけろ」などの教訓を与え、あまのじゃくが自分は音楽家であることなどをぽつりともらすにつけ「見るからに分かるよ」とおやじは返しながら「地に足ついた仕事をしろ」という浮浪者なので、会話は夜明けまで続くかと思いきやあまのじゃくは眠気に耐えきれなくなり昏倒し、数十分か後目覚めた時にはおやじの気配は消えていて缶コーヒーの空き缶だけが2つ残って、駅には度重なる事件のあとゴミ箱というものが置かれなくなっているのでコンビニまで缶を捨てに行ってから始電で帰宅し、風呂に入ってからその日の仕事にむかって行き、それからも度々終点まで乗り過ごすことはあってもホームレスで聾唖のおやじに再び会うことはないだろうと思い、警報は断続して鳴り続ける。






2009-11-29 Sun 21:58
別窓 | 散文詩 | コメント:0
街の鳥葬


コンクリートの地面の穴から断続的に棒状の水を宙に吹き上げる公園。
今の俺には水は必要なかったから、ブランコを揺らしていた。
空中に放り出されそうになるのがこんなにも怖いものだとは、子供の頃はまだ知らなかった。
この街には不似合いな香りでマゼンタのポーチュラカが咲き乱れている。
どこかのバーから流れてくるジャズピアノの間に、遠く電車の車輪の音が挟まった。
通勤車内では心拍を締め付けるような振動なのに、心持ち落ち着くような気がするのが可笑しかった。
「As time goes by」を弾いてくれないかと願ったが、「Mack the knife」みたいな陽気な曲ばかりだった。


彼女は、「不幸じゃなきゃいい絵なんか描けるわけないじゃない」と言った。
俺はそうじゃないと思ったが、言わなかった。
彼女と、壊れた時計がそのままのアトリエを思い浮かべて、
頭の中で白樺の木々の間に黒い羽根を背負った裸婦像の下書きをしていた。
どこにもそんな景色は存在しないから、彼女を求めるのはやめた。
赤く脹れあがったケロイドを、その痛みを忘れずにいることができるから、
俺と彼女は傷つけ合うことを許したのだ。


タバコの吸い殻が足元に八本は転がった頃、噴水の公園を後にした。
消したいのはタバコの火ではなく、無常の世で生き抜くことの虚しさだ。
過ぎゆく人々の顔が、行方不明者の肖像写真のように目に映る。
タフに生き抜くために視線の行方を無くしてしまったようだ。
それが、俺の顔でもあるのだろう。

二ヶ月前、クスリで仕事を失った。
ライトブルーの錠剤は俺を癒やしてくれるわけじゃないと知っても、頼れるものは他にはなかった。
夏が近づいているのを日々感じる。
それでも夜の風は俺の体温を容赦なく奪ってゆく。
毎日十二時間の肉体労働で手にし続けた金も、街に全て奪われた。
黒服の男達の呼び込みの嬌声が耳に障る。いったい何のためにならあんな声が出せるのだろう。

俺は誰かのために歌いたくなった
存在を許すためだけの歌を
夜に許されない人々のための歌を

破れたジーンズと仰々しい金具のブーツが不意にベタつくような重さを持ち、煩わしくなってスクランブル交差点で脱ぎ捨てた。このくらいのことでそう驚く人もいない。
着替えも寝床もない俺は、裏通りの、油の染みついたゴミ捨て場のビニールの間にくるまって寒さだけをしのぐ。会員制のクラブから出されるゴミは独特の、苦くて甘ったるい生姜漬け、いわゆるガリのような匂いがする。夜の女のうなじの匂いだ。
野良猫のように野垂れ死んで、このままこの街で唯一の祭壇で、カラスたちに肉を捧げるのも悪くはないと思った。
人間に食われるほど、落ちぶれちゃいないんだ。







2009-11-25 Wed 16:18
別窓 | 散文詩
サラマンダー


もはや不味くなるばかりの煙を吐きながらその渦に、下手な嘘をマジな顔で吹き込んでみるたびに君と少しずつ時計の針の振り幅がずれてゆく。
僕はそんな秒針を飽きることなく眺めている。
「あれはいつの日のことか」などとつぶやく程に遠くはなく日付を数えられるほど近くはないのが、無垢なる幸福というものだろう。
赤く尖った秒針が細かく刻んでゆくものは、過ちか、あるいは哀しみが色褪せていくことの哀しみなのかもしれない。
赤いバラを植えた地表の裏側にマグマのように溜め込まれた粘度の高い怒りが、心を焼き尽くしてしまいそうになるから僕は無気力を装うふりをしなければならなくなるたびに、無力にほんの少しずつ近づく。
だから明け方はいつも、柳刃包丁をレンガ色の砥石で砥ぐ。
裏切りにおびえそうになればなるほどに、包丁は切れ味を増していく。
いつか豆腐のようにこのあばら骨の隙間をぬって内臓を切り刻んでは麻婆豆腐を作るのだ。先ほど試しに水を切ってみたら良く切れた。
研ぎ澄まされた刃を愛するほどに、青光りする鋼に映る裏切りの色は濃くなりまだらでフラクタルな模様を浮かび上がらせる。


鮮血がうつくしい


こぶしで殴りつけた血の美しい流れは、シャツに染み付いてしまえばあとは熟れすぎたバナナのような色で、幾度洗えども決して落ちることはないがそのクレイジー柄のシャツをあえて繰り返し身に着ける。そんな色はどうせ夜が隠してくれるもの。
今、喉を潤しているシングルモルトが心地良い熱で食道を通り抜けてその下流、つまるところ胃の中で暴れている。清流と同じで下流に行くほどにわずかな不純物で濁っていくのだろう。だから何ひとつもツマミは必要ない。

オールドファッションドグラスから氷が割れる音が部屋中のガラスをパキッと響かせた。
それは夏のキャンプファイヤーの炎の中で燃えたぎった丸太が爆ぜる音に似ていた。
そう。炎の、赤くて黄色い舌を見ると妙に心が安らぐことを思い出す。


僕の舌は何色だろうか






2009-07-23 Thu 21:53
別窓 | 散文詩 | コメント:0
| Twilight Graffiti |



 


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